Categories: 南アジア

ダライ・ラマ14世の教えに触れる【名言】

この日記は2014年に書かれたものですが、加筆修正して2019年2月公開にしています。

2014月の 為替は1ネパールルピー=1円です。

日帰り観光&ハイキングへ

2014年1月10日  世界一周127日目

今日はサニーと一緒にブタナス近くをハイキングしてきました。

もちろん、昨日の一件でロイナはついてこれる訳などなく私たちとは別行動。

スタート地点はこれまたちょっと有名なお寺。

ロンリープラネットを読みながらサニーが説明してくれたけど、あんまり頭には入ってはこなかった(悲)

でも、この巨木の根が生えているところがが空洞になって、ホコラになっているのは流石にびっくり。

この浮いてしまった巨木にも何か面白いストーリーがあったんだろうけど(悲)

腹ごしらえをしてハイキングに備えます。

町の軽食屋

の、キッチンで薄焼き卵を切っているところ。

まな板とかありませんから・・・

ここで私たちは「WaiWai」というラーメンをいただきます。

10ルピーのラーメンに野菜や卵を入れてもらって40ルピーくらいだったかな。

貧困国に来ていつもビクビクするのが食中毒ですが、今のところこんな環境でご飯を食べても大丈夫です。

お供を連れていざ出発

道中から、一匹の小汚い犬も一緒にハイキング

こっちの犬ってテリトリーが広いのか、結構長い間ついてくる。

可愛いから嬉しいんだけど。

30分ほと一緒に歩いたところで、他の犬と喧嘩して逃げ帰ってしまった。

サニーのガイドブックを頼りになんとなく山道をさらに進みます。

なんだか、若者のデートスポットみたいなところを通り抜け、さらに奥へ進むと人が歩くことしかできないあぜ道になっていきました。

迷子になってない?

結構ドキドキするけど、今日は一人じゃないのでまだ安心。

民家の横を通る時、鈴なりの柑橘類が視界に飛び込んできた。

物欲しそうにしていると、じいちゃんがくれました。

ありがとう!

ダライ・ラマの教え

そのままどんどん進むと、山の上に3本の指にはいるくらい有名なお寺(名前は忘れた)が見えてきた。

あたりにはチベタン仏教のお坊さんが沢山いて、とても立派な施設だった。

うろうろしていると、お坊さんの一人が私たちを中へと案内してくれた。

絵の意味や、仏様の物語なんかを説明してくれたんだと思うけど私には難しすぎたのでサニーちゃんにバトンタッチ。

施設の玄関には、英語でダライ・ラマのメッセージがありました。

ざっくりですが訳してみます。

私たちは生まれてから両親に世話をされ優しくされています。年老いて病気になった時、再び誰かの優しさに依存しなければいけません。最初と終わりは誰かの優しさを必要としているのに、どうして中間世代はそんなことがなかったかのように他人に冷たく振る舞えるのか。

そですね、元気なうちはお年寄りや子どもに優しくしないとですね・・・・。

昔、お年寄りは無条件に尊ぶものでしたけど、尊厳がなくなってきていますよね。

お金を持っているものが強いというか・・・・・。

日本の場合だと年寄りばかりが増えて、中間世代が少ないんです。

そして、まず前提として、歳とったら誰かが自動的に面倒見てくれるっていうシステムはすでに破綻しています。

歳をとって動けなくなったら誰も面倒見てくれない。

安心して年老いていくにはお金が必要。

みんなが老後のためにお金お稼ぐことで精一杯なんですよね。

私を含めて。

〜生きることの意味〜

私たちはこの惑星の訪問者です。
私たちは生きれてもせいぜい90から100年です。
その期間、私たちは自分の人生の中で何か良い事、何か人の役に立つことをやらなければなりません。
もしあなたが他の人々の幸せに貢献できたらなら、あなたは生きることの本当の意味をみつけるでしょう。


そうですね。

本当にそう思います。

人の幸せに貢献することで、自分が幸せになれると思うのです。


「情けは人のためにあらず」と同じで

短期的には、自分がやったことで他人が幸せになったり、感謝されたりすることで直接自分に幸せが返って来ていることになると思います。自己満足とも言うかも。

長期的には、自分が誰かを幸せにすることで、その人がまた他の人を幸せにして、その人がまた他の誰かを・・・・そうして巡り巡って自分に返って来るということ。

ケニアのスラム街の学校を訪れた時に感じたことは、悲しいことに奉仕には際限がないということ。彼らは日々の生活に本当に困っていて、こちらのなけなしの援助金も数日の食費で消えてしまう。そもそも、一日一食しか食べれていない子どもたちが何百人もいるような学校で、いち個人が何をやっても砂漠に水をあげるようなものでした。

そして、彼らのために一生懸命稼いだ貯金を全部差し出す勇気もありませんでした(悲)

あの状況で、果たして何人の子ども達が大人になることができ、ケニアの経済を支えていける存在になるのかはわかりません。

じゃあ、関係ない国のことなので見ないようにしようか?

日本に住んでいると全てがテレビの中のことで、自分たちには関係ないと思うかもしれませんが、先進国の安価で便利な暮らしの裏には貧困国の多くの人が低価格で働かせられているという事実があるのです。

また、日本は不要な車を貧困国に送り、一見すると「貢献」しているように見えるけど、一方ではその車は排気ガスをぶちまけ大気汚染を拡大させ、人の寿命を短くもしているのです。

20代始めの頃、友達の母親が友達に言っていた言葉ですが

「人の不幸の上で人は幸せにはなれない」

この言葉を改めて調べてみたら

不倫の格言

でヒットしてびっくりしましたw

まさに、彼女が親から言われたシチュエーションも似たようなものでした。
彼女は婚約破棄をして別の人と結婚したんですが、今でも幸せそうでよかったです。

話は戻りますが、恋愛に限らず
自分の幸せは、自分だけでつかんだものではなく
どこかの誰かのおかげでもあるということ。

今は遠く離れた国の、可哀想な人達の問題かもしれないけど。

こういう負の連鎖は、いずれ国を飛び越えて自分たちの子どもや孫の世代におよんでくると思うのです。

だからこそ、人の幸せに貢献し、みんなが幸せになる方法を考えることが必要なんじゃないのかなと思うのです。

もちろん、自分が一番満たされないといけないとは思うけど。

じゃあ、一体どこまで満たされたら気がすむのか。

日々考えていかなければいけない課題だと思います。

自分の借金が全部なくなって、お腹がはちきれるまで毎日食べて、もう欲しいものはないと言えるまで自分を満たすのがゴールなのか。

毎月の外食の一回分を、スタバのコーヒー1杯分を、ピザのトッピング代を誰かの幸せに替えるのか。

そして、他人の幸せのための貢献で、自分が「幸せ」に感じる力も必要なのかもしれません。ダライ・ラマは、ここに幸せを見いだすことが出来れば生きることの本当の意味がわかると説いているのではないかと思うのです。人は一人では生きられない。常に支え合っているのだと。

zozoの社長になれなくったって、やれることはあると思うんです。

とか言って、偉そうなことは何も出来てないミゾヨコですが、いつか何かの形で誰かを幸せに出来たらなあと思っています。

意志有るところに道は開ける?!

歩き疲れたので、バスを探してみましたが、どうもこの辺りにはいなさそう。

と思ったら、スクールバスが通りがかり

お願いしたら乗せてもらえました(笑)

さっきの話に戻りますが、こうして彼らのからいただいた親切は、2015年の地震で募金という形で少しお返ししました。またこのブログが有名になって、儲かることがあったら、何かの形で還元したいと思います。

あ、今日のブログランキングは80位に落ち込んでます(笑)

カトマンズに帰るバスが通ると言うところで降ろしてもらい子どもたちの買い食いに便乗しました。

10ルピー。パンパン菓子のカレー味。

夕食はネパール料理レストラン

無事カトマンズ行きに乗って宿に帰ることが出来ました。

夕食は、ニカラグア人の刺青彫り師の男の子と、日本人世界一周中カップル、サニー、昨日の日本人大学生でネパールのお酒トゥンバを飲みに行きました。

ネパール料理を食べる時の定番、スモールスター地図はこちら

ロイナが誘えなかったのが心残り。

でも、サニーがまた不機嫌になるめんどくささを考えたら、私は何も出来なかった。

大人数でお腹いっぱい飲んで食べて、今日は一人当たり230ルピー。いつもより高めだと言うと、ネパールの物価が相当安いって伝わりますね。

mizoyoko