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インドの結婚式に参加したりパーティー行ったり映画見たり

インドの結婚式に参加(2回目)

マウントアブーのマラソン大会で知り合ったインド人のSちゃん。彼女のお兄さんが結婚することになり、結婚式に招待してもらった。K氏とミゾヨコは、夜行バスに乗ってラジャスタン州のジャイサルメールからグジャラート州のアフマダバードまで移動した。

準備

インドの結婚式でもご祝儀が必要で、500ルピーや1000ルピ札ーに1ルピー硬貨を入れると縁起がいいらしい。服装はパンジャビドレスにした。間違ってもパジャマではない。K氏は襟付きのシャツ着用。

インドの祝儀袋

結婚式

2014年12月14日  世界一周465日目

会場では大きなステージで誰かが踊っていたり、ビュッフェ形式で食事が振舞われていたりした。グジャラート州はベジタリンで禁酒の決まりがあるので、お祝い事でもビール無し、肉料理無しというスタイル。少し寂しい。

今日がいったい何日目の結婚式かは知らないが、普通インドの結婚式は3日から1週間ぶっ通しと長期間にわたる。大まかな流れは、新郎側と新婦側が1日おきに、身内を呼んでお祝いをする。お互いが顔を合わせないようにセッティングされ、結婚式の終盤に新郎新婦が顔合わせしてお祝いする。

指輪の交換の後、ケーキカットが行われた。ケーキをお互いに食べさせ合った後は催し物が続く。

結婚式がやたらと長いだけに一体何をそんなにすることがあるんだと疑問に思っていたが、やはり色んなイベントがないと場が持たないようだ。

例えば日本では新郎新婦の紹介や馴れ初めなどは、生まれた場所、最終学歴、職場、出会ったきっかけをさらっと説明するくらいだ。しかし今回ミゾヨコが出席した結婚式では、お互いが結婚を誓った日にはじまり両親に紹介した日、両親に了承を得た日、などなど更に細かな記念日についての紹介ひとつひとつがイベントになっていた。

Sちゃんの家の大きさは2LDK。そこにSちゃん家族に加えて親戚5人ほどが住んでいるらしい。みんなどこに寝ているのか聞いてみると、ソファーや床など適当なスペースを見つけて雑魚寝するのが普通らしい。プライバシーは全くなし。

そこに新婚のお兄ちゃん夫婦も同居することなるそうだ。流石に新婚だけあって、二人には個室があてがわれるそうだけど、それでもかなり落ち着かない。両方とも医者という経済的に有利なカップルが、そんな狭い家に住むなんて居心地が悪すぎる。と、ミゾヨコは思うのだがインドでは普通だそうだ・・・・。

新郎側の女性ばかり集めたダンスショーが始まった。Sちゃんも綺麗な衣装を着て参加していた。その後は子どもも参加したダンス、その後は男ばかりでダンス・・・。

さすがインド。ずっと何かしら踊っていたな・・・・。

ちなみに大音量のスピーカーを積んだトラックと、参列者が踊りながら練り歩くというイベントはインド各地で見ることができた。

文化の違い

2014年12月15日  世界一周466日目

今日も引き続きSちゃんのお兄さんの結婚式に参加する。今日は会場の外からイベントが始まっていた。新婦が会場につくと新郎の母親側集って新婦にプレゼントをあげたり歌を歌ったり。そしてお兄さんにも直接話すことができ、お祝いの言葉かけることができた。

持ってきた祝儀を渡すと、そのお返しにインドのスウィーツやサリーを作る布を引き出物に頂いた。サリーは自分で買うきっかけがないので嬉しかった。

日本では、人から贈り物をもらったら少々大げさなくらいに喜んで見せるのが礼儀だと思う。しかし貧困国では、喜ぶと卑しいと取られてしまうことがある。サリーをもらってテンションの上がったミゾヨコを見るなり、インド人女性達が一斉に目を合わせて笑っていたので恥ずかしくなった。

見合い結婚が主流

インドでは見合い結婚がまだまだ主流。これは高学歴で海外で活躍しているインド人でも同じことだ。両親への信頼が厚く、親が自分のために良い人を選んでくれるのを楽しみにしている人も多かった。

そんな中、Sちゃんのお兄さんは恋愛結婚だそうだ。Sちゃんの家族は厳格なヒンズー教徒で、普通ならお父さんが見合い相手を探す。しかしお兄さんが選んだ彼女は同じカーストで同じ職業(医者)らしい。見合いではないけど、お嫁さんも申し分のないバックグラウンドのおかげでお父さんの許しを得られたのだとか。

Sちゃんもそんな家庭で育ったおかげで、超がつくほどの箱入り娘だったそうです。大学に入っても友達と映画を見に行くことさえ許されていなかったそうです。そんな中、恋にお落ちたのはなんと違うカーストの男の子。20代半ばとなり、両親から結婚の話が出たことをきっかけに彼を紹介しましたが、親戚からの猛反対を受けて別れることになった。

そんな時、SNSで偶然見かけた男の人と意気投合し遠距離恋愛が始まりました。彼は同じカーストで偶然同じ会社で働いていますが実際に会ったことはなく、お互いに名前だけ知っていた存在。しかも知り合った時はすでに転勤してアメリカの本社にいました。趣味嗜好が合ってまさに理想の男性。しかし両親は早く見合い相手を見つけて彼女を結婚させようとしていました。

オンラインでしか顔を合わせていない彼とも、実際に合ってみないことには結婚の話を進めきれません。彼女は親と彼氏の板挟みになって悩んでいました。

この後、しばらくして彼がインドに帰省して無事顔合わせができ、結婚することが決まりました。現在は夫婦でサンノゼにあるIT企業の本社でエンジニアとして勤務しています。

K氏、帰国へ

2014年12月16日  世界一周467日目

K氏の日本帰国が近づき、グジャラートから夜行バスで一気にニューデリーに移動したミゾヨコ一行。以前から輸入の手続きを進めているバイクのことでお店に行ったり、お土産を買って過ごす。

今回はバイクを置いてきているのでフットワーク軽め。お土産はいつも安定のインド政府がやっているところへ。

約2ヶ月に渡り行動を共にし、エベレストトレッキングやバイクでインド横断をしてきただけに、流石に名残惜しい。

世界一周中断?

2014年12月某日

ひさびさに日本にいる両親に連絡した。たとえ娘の旅行先で地震が起ころうとも全く安否の確認してこない両親なのだが、珍しく話したいことがあるらしい。

どうやら、母の膝の痛みが限界に達して人工関節を入れることになったとのこと。日本を出て15ヶ月位経っていたのにいまだアジア圏から抜け出していない娘に、やんわりと帰国命令が出た。

そのころ書いていた「世界一周ラン日記」というブログも「アジア周遊」に変更しろと友だちからどやされていた頃だったので、ちょうど良い仕切り直しになると思った。それに、オセアニアで大分お金を結構使ってしまったので、日本でまた少し軍資金を貯めようと思い1月に一時帰国することにした。

K氏を無事もなく帰国させた安堵感とひとりになった寂しさで、旅したいとう欲求が薄れてしまった。自分の帰国日が決まると、バイクがおいてあるジャイサルメールを拠点にして写真や日記の整理をして過ごした。

Sunburn Goa 2014 PreParty

2014年12月21日  世界一周472日目

宿の人に誘われて五つ星ホテルのスルヤガーで行われるフェスに行ってみた。


ゴアで行われるアジア最大のEDMパーティーのプレパーティー。

ライトアップが美しい。

食事もインド人が好きそうなものが並んでいました。

ダンスフロアはほぼインド人。みんな音楽に合わせて楽しいそうで何より(棒読み)

インド映画『PK』をみる

2014年12月26日  世界一周477日目

「3 Idiots」(日本名「きっと、うまくいく」)で有名な監督が作った最新作を見た。

インド映画は長すぎて疲れると思って敬遠していたが、この映画は外国人でも面白いインドギャグと最後にほろっと泣けてくる場面があってかなりよかった。まだ見てない人はU-Nextで見られるそうなので是非。


と、こんな感じで2014年はインドで年を越すのでした。

1回目の結婚式↓

Sちゃんと出会ったマラソン大会↓

mizoyoko