この記事は2014年に書かれたものですが修正して2019年に更新しています。
2014年の為替は1インドルピー=1.6円です。
2014 年6月19日 世界一周285日目
SIMカードが復活することなくアグラからゴアまでの列車に揺られること丸二日間と半日、インドの車窓からの眺めを見続けるのも流石に苦行となってきます。
おまけにこの頃のインドは、まだ「ゴミはゴミ箱へ」ではなく「ゴミは床に捨てる」と言うのが常識化していました。半日以上列車に乗ると乗客が食べたご飯やお菓子やバナナの皮が床へ散乱し、それにともなって列車には常時ゴッキーとネズミが在住していると言う不衛生さ。さらにはゴミを捨てないミゾヨコ一行の綺麗な陣地に、誰かが捨てたであろうゴミを蹴ってくる輩まで出てきたら、列車の中はもうゴミの蹴り合いW杯勃発です。
やっときた掃除係からは当然のように清掃代をせびられ(汚した本人知らん顔)、トイレ洗剤のような毒々しい色と匂いのする洗剤をぶちかけられた床の匂いでしばし酔いそうになるのを堪えなければなりませんでした。
これが、列車の等級が低くなるとさらにカオスに、高いクラスになると清潔と快適度が増すのがインドです。
今回は雨季真っ盛りのゴア。本当は安宿の集まるビーチでしばしまったりするはずだったんだけど、そこに行くにはまたさらにローカルバスを乗り継がなければなりません。列車の長旅で疲労困憊したKちゃんが駄々をこね始めたので、仕方なく前回の宿周辺に宿を取り疲れを癒すこととしました。
しかしシーズンオフなだけにやっているお店自体が少なく、さらにはほとんど雨の為ずっと宿にこもりきり。なんの為にゴアに来たのかわからなくなった一行は、2泊だけしてすぐに次の目的地へと移動することにしました。
2014年6月21日 世界一周287日目
バスでハンピに移動する為バスターミナルへ移動。ちょっとKちゃんから目を離したその隙に、彼はバングラデシュ人と名乗る男に話しかけられ神妙な顔つきでミゾヨコの元にやってきた。
その男はバングラデシュ人の学校の先生をやっているらしく、どうやら荷物を取られ財布も無くなって身動きが取れないと言ってきた。
ミゾヨコ:「あ〜なんかよくある話だな〜。一緒にツーリストポリスに行ってあげるからなんとかしてもらいなよ。」
こう言う場合、その話自体が本当かどうかも怪しいしいので、お金をあげるのではなく警察に一緒について行ってあげるのがミゾヨコの人助けの流儀。しかしバスまでの時間が微妙なうえ、彼は自分が糖尿病で薬を買わなければいけないと言い出した。
ん?糖尿病?仮にも医療従事者の端くれであるミゾチンゲールにも基本知識くらいなら一通りある。彼の口から聞かれた血糖やその他データの値はそれなりに信ぴょう性のあるもであった。体型からしても、1型と言うのは納得がいく。
バングラデシュ人、学校の先生、糖尿病、荷物を全部取られた、帰ったらお金は返すとメールアドレスを教える、むちゃくちゃ小汚い感じはしない親父だが、信じるにはもう少し判断材料が必要だと感じた。しかし、警察に行くほどの時間もない一行は、彼を見捨てるかお金を援助するかの選択を迫られた。
ミゾヨコのウソ発見器は、限りなく黒に近いグレーを示していた。
実際、なんでわざわざ外国人に助けを乞うのか?同じインド人同士だと信じてもらいにくいし、外国人の方があからさまにお金を持っているからだ。また信じやすいのもあるのだろう。
でも万が一話が本当で、病気の彼を見捨てたとしたら、助けれたのに助けなかったかもしれないと言うモヤモヤを抱えて旅することになる。
考えた結果、黒か白かを見極める時間がない今、出来る事はやっておいたほうが心残りが少ないと言う結論にいたり、一行は彼にお金を渡すことにした。
インドでは医療費が無料の病院があり、おそらく彼が払わないといけないのは糖尿病の薬だけ。それにバングラデシュまでの三等の列車台は微々たるものだと考えると、十分多めにあげたつもり。が、しかし・・・
彼の顔にそう書いてあった。そして、口にも出した。その時点でウソ発見器は真っ黒色になったがもう後の祭り。まあいいや。あげてみなければわからなかったことだし、何よりスリにあって取られたんじゃない。多少の腹立たしさはあるけれど、ウソの可能性がありながらもお金を差し出したのは自分なのだから後悔はなかった。
こう言う時、私はカルマを信じている。彼にも私にも、いいことも悪いことも、自分がやったことは自分に返ってくると。
後になって思うことは、やましいことで近寄ってくる人は顔写真を取られるのを嫌がるので、今度こんな人に遭遇したら写真ぐらいは撮っておこうと思ったのでした。
そして「バングラデシュに帰ったらメールするよ」と言っていましたが、案の定今に至るまで彼と思われる人からメールは来ていません。でもいいんです、お金をあげなかったとこで相手が死んでいたらと思い悩むくらいなら、彼の生存を祈ろうじゃないですか。
ぺてん師に献金したことで、おかげさまで清々しい気持ちでハンピに到着(笑)
こじんまりした村で、歩いてバスターミナルから宿まで移動しランタントレッキングで一緒だったHさんと合流し早速散策開始しました。
ハンピは、ユネスコの文化遺産に登録されている。14世紀から17世紀中頃に実在したヴィジャヤナガル王国の王都であった。ヴィジャヤナガル朝は、カルナータカ州南部およびアーンドラ・プラデーシュ州南部に至る南インドを支配したヒンドゥー王朝。数多くの宮殿やヒンドゥー教寺院が造営されたが、1565年ターリコータの戦いでムスリム5王国の連合軍に負け、その略奪を受け廃墟と化した。
Wikipedia
現在は40ほどの遺跡が残っており、さまざまな水道橋、神祠や望楼、柱廊や浴場、要塞なども散在している。
ハンピは岩ゴロゴロのイメージですが、ここにもお寺があります。
ヴィルーパークシャ寺院 ハンピ最古の寺院だそうです。
ヒンズー教徒とイスラム教徒の争いは、南インドのこんな地でも繰り広げられていたんですね。
2014年6月23日 世界一周289日目
遺跡に飽きたので村の散策
川沿いに移動すると、チャイ屋や青空散髪屋があります。
貧しい国だけど、こんな優雅な環境で過ごせるって贅沢だと思ってしまうのはやはり私たちが全く違う世界で生きているからでしょうか。
ここでKちゃんが髪を切りたいと言い出しました。
得体の知らない白い液をバシャバシャかけられております。
あ、バリカンじゃなくて剃るんだね。
モヒカンかーい!
しばらく遊んだ後に無事坊主にしてもらっていました。
それは先ほどの遺跡だけでなく、この穏やかな川とその先に人がる壮大な景色だと思います。
バラナシと違って、人が穏やかで平和そのもの。
子どもも川で遊んでます。
こじゃれたババ達もリラックス。私には孔雀を意識したオシャレにしか見えない。
川のほとりまで下りていくことに。
すると、後ろから像が現われました。
のっそのっそと階段を下り
川べりにたどり着きます。
更に川に入り
突然寝ころんだ!!!!!
と、思ったら像使いらしき人達がゴシゴシ
突然のことにびっくりしたミゾヨコ。
そして今度はバイクをレンタルし、少し離れた遺跡へ移動しました。
途中に見つけた石の山(と言っても小さなものばかり)
日本なら積み上げられるだけ積み上げるだろうなあ。
それとも、この高さに何か意味があるのか!?
黄昏るお猿さんを見て
黄昏るミゾヨコたち、、、ではなくまたお猿さんたち。
十数メートルの渡し船。地元の人たちも使います。
バイクだって載せれます。
距離が短いのでなんてことはにけど、転覆したらと思うとドキドキします。
川で食器洗い。
そして岩だらけ
また岩〜
岩岩岩〜
岩ゴロゴロの壮大なハンピでしたとさ。